一流人じゃなくても夢は叶えられる!

英語を学び、映画を見まくったことで夢は叶えられた!

【英語/映画/旅行が好きな方向け】ロサンゼルス駐在生活体験記 002

映画好きの方は、この体験記015「第2章 4. やってきたぜ、ハリウッドだぜ!!」の後半部分からお読みください!! 体験記015は、月間アーカイブ 2020/5/(17)をクリック後、表示された過去記事の中から 015をクリックして頂けますと読むことが出来ます。携帯の方は下の「記事一覧」をご覧下さい。その後、順次016,017と順次お楽しみください!!

 世界中の映画ファンを魅了する町・ハリウッド。そのハリウッドがあるロサンゼルス。高校時代から抱いていた想いが天に届き、 その後の3年と4ケ月間(1992年3月から1995年7月までの間)ロサンゼルスに赴任し英語と映画の本場で生活をするという夢の扉が開いた瞬間でした。

 さあ、時を戻そう!

 第1章 ロサンゼルス駐在生活スタート

 1.  さあ、海外への赴任だ!

それまで出張で一度しかいったことがなかった街、ロサンゼルス。暮らしてみたい街ではありましたが、辞令が出たのが1991年12月で、翌年1992年3月中旬には赴任することが決まっていたので準備に入るとそれはそれで色々な面で大変でした。前任者の駐在期間はおよそ3年間で私も最低3年間はアメリカにいることが予定されていました。

 まずは引越をどうするのか?当時の私は結婚したばかりでロサンゼルスへは妻と一緒に行くことになっていましたが、引っ越し作業の中で一番困ったのは結婚を機に買い揃えてしまった家財道具をどうするのか?ということでした。これはこれで大変でした。「転勤命令」が出る3ケ月前にダイニング用のテーブル、大きな洋服ダンスを2つも買ったばかりでした。それなりのお値段のするものだったので、簡単に売り飛ばすというわけにも行かず・・・。結局、妻の家の彼女が結婚するまで暮らしていた部屋に押し込んで預かってもらうということなってしまいました。

それとアメリカ現地で働く為に必要な労働ビザの申請をアメリカ大使館に対して行い、出発までに発行してもらわなくてはなりませんでした。そして、私と入れ替わりに日本に戻ってくる先輩駐在員からの業務引継ぎをスムーズにするために、その時進行していたあらゆる業務のあらましを頭に詰め込んでおく必要もありました。

渡米する時期が刻一刻と迫ってきていました、アメリカに行くに際して日本からお守りを持っていこうと思い立ち、出発の2週間前に浅草浅草寺に行くことにしました。ご本尊様に「現地で無事に過ごせますように。」とお祈りをして、持参するお守りを購入して静かに帰ればよかったのですが・・・。

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「ちょっとおみくじ引こうかな?」と思い気乗りしていない妻をしり目に「さあ!」とばかりに引いたおみくじはなんと「凶」でした。「これじゃあ、気持ちよく出発出来ないよ。」ともう一度引き直すことにしました。するとまた「凶」が出ました。嫌々、こんな状況じゃ止めるわけには益々いかないくなってしまったじゃないの。これはとばかりにポケットからもう百円を取り出して、今一度「三度目の正直」とばかりに思い切って引いたおみくじ。さすがに今度ばかりは「吉でしょ。」と思って引いてはみたもののまたもや

「凶」の文字が!!まさか の おみくじ 連続の「凶」!!!

つまりは「おまえさん、とにかく気を付けて行ってきなさい!」という観音様からの戒めなのだと強く肝に銘じることにして、無理やり自分を納得させて家路についたのでした。

今にして思うと、3年4ケ月が経って後に日本に戻ってくる時に、その会社の駐在員史上一番様々なことを経験した駐在員になってしまった訳で、おみくじで「凶」が出続けていたとしても「しゃーないか。」と思ってしまいました。

それから慌ただしく日々は過ぎ家族との別れを惜しむ間もなく1992年3月16日17時50分発の全日空005便で新生活の待つロサンゼルスへと旅立ったのであります。

 2.ロサンゼルスにやって来た! 

ロサンゼルス現地時間1992年3月16日、午前11時過ぎに我々が乗った飛行機は定刻通りにロサンゼルス国際空港に到着しました。その日のロサンゼルス(LA)は快晴で空港の外に出ると3月だというのにとても暖かくて肌に気持ちのいい清涼感のある風がフライトで多少疲れ気味の我々夫婦の頬を撫でてくれました。

 先輩駐在員ご夫婦が、大きめのフォード製のアメリカの車で迎えに来てくれており仮の住まいとなるウィクリーアパートのあるウエスト・ウッド地区へと我々を送ってくれました。途中、車窓から眺める町は緑が青々としており、日本ではあまり見ることが出来ない色鮮やかな花々が咲き誇っていました。

このウエストウッド地区ですが、有名大学のUCLAがあったり、マリリン・モンローが眠っている墓地があったり、映画館もかなりの軒を連ねていたりと結構人の多い賑やかな地区という印象でした。ロサンゼルスの中でも比較的治安の良い場所とされ、週末には町を散歩する学生たちの姿が数多く見かけられ安全で過ごしやすいという理由で先輩駐在員がここにウィークリーアパートメントを借りておいてくれていたわけです。

 先輩駐在員からウィークリーアパートの鍵を受け取り、夫婦二人きりで部屋に入り、ロサンゼルスでの生活がいよいよスタートとなったわけです。ただ日本で出発前に様々な人たちからロサンゼルスはとても怖い場所だとかなり脅かされてきていたので・・・。

つづく         

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