一流人じゃなくても夢は叶えられる!

英語を学び、映画を見まくったことで夢は叶えられた!

ロサンゼルス駐在生活体験記: 車の運転を習うことにしました!【再掲載004】

2.ロサンゼルスにやって来た(つづき)

いやはや、車の運転がまったく出来ない人間が自由に乗りこなせるようになるまでにはやっぱり時間が必要でした。無理が過ぎると事故につながるだけです。近道があるとすれば、それはしっかりと運転を学ぶことです。そして、慣れるということ以外に道はないという結論に達しました!

ドライビング技術を確実にアップさせる為、仕事の合間を縫ってドライビングスクールの教習を受けることにしました。前任の先輩から「うちの会社の駐在員が代々ロスで運転を教わっている先生がいるんだけど、高岡さんもその先生に教わってみてはどう?」とのアドバイスがあったので、迷う事なくお世話になることをしました。その先生のいるドライビングスクールはどこにあるのかを訪ねたところ、ロサンゼルスには日本のような教習所はなくドライビングスクールに電話をして予約を入れるとその予約日時に教官が教習車に乗って約束の場所まで来てくれて、授業がおわると、また元の場所まで送り届けてくれるというシステムなのだと教えてくれました。1992年当時の授業料は1時間あたり60ドルでした。 

ドライビングスクールに電話を入れて代々お世話になっている教官・ジェイさん(仮名)の講習を受けたいと伝えて彼の予約の空いている時間帯に予約を取りました。今にして思えば、もっと優しい先生を選んでおけば、それから憂鬱な日々が続くこともなかったのになぁ~~~。

 

3.  教官はコリアンのジェイ先生

先輩自身もジェイ先生(仮名)から講習を受けた経験があり、彼と面識があったので、予約をした日時に二人してでジェイ先生を待っていました。

 ほぼ時間通りに白い教習車に乗ってジェイ先生が我々のオフィスの前の通りまでやってきました。車を停めて降りてきたその人物は小柄で年齢でいうと60歳前後で、雰囲気がどことなくたけしさん(ビートたけし風)の雰囲気で現れてきて、上は白いシャツ、下は紺色の綿パンをはいていて、なぜかムッとした顔つきで目がつり上げっていて、まるで今にも怒り出しそうな面持ちで我々の前にやってきました。

先輩が「ハーイ、ミスター・ジェイ。」と陽気に声をかけ「今日からお世話になる高岡です。よろしくお願いしますね。」と私のことを先生に紹介してくれました。すると強面の顔なのに何故か明るく高いトーンで「OK,OK」と返事が返ってきました。でもその目をみると、やはり吊り上がっていて顔は少しも笑ってはいませんでした。その顔をみた時、これはけっこう恐い先生かもしれないという悪い予感を感じてしまいました。ただ、もう、どうすることも出来ない状況になっているので、あとは腹をくくってやるしかないと心を決めました。

先輩と別れて、二人きりになり車に乗り込むと先生は私用のレッスン表を作成してくれてました。私との会話はすべて日本語だったので、それは助かったのですが、その後、叱られる時は日本語だけにきつい言葉」がぐさぐさと胸に突き刺さることになりました。

「さあ、それでは行ってみましょう!」

私の方に顔を向けてしゃべってはいるのですが、目は確実にあらぬ方向をみていました。

「高岡さん、今日は最初なので高岡さんの好きなように走ってみましょう。」

と言われました。そうは言われても先生の前で、先日のようにただひたすらにまっすぐに走り続けるわけにもいかないのですが、でも、少しでもうまくみせたいという見栄が起こってしまい、それが緊張を生んでしまい、段々と緊張感がアップしてきてしまいました。

「高岡さん、それでは駐車場から出て少し走ってみたいので、まずは車をバックさせましょう。ハイ、ギアをバックに入れて!」

「GearをBackに入れるんだなぁ」と思い運転席の右横にあるギアレバを握って動かそうとギアのある場所を見たのですが、そこには「P」「N」「D」「R」の文字が並んでいて、どこにも「Back」を表す「B」の字がありませんでした。先生に思わず「先生、Bがありません。どうすればいいんですか?」と尋ねました。すると、そんなことも分からないのかという恐い顔で

「ギアはここ。この『R』と書いてある場所に持って来てください。これは『後ろ』という意味の単語『REAR(リア)』の頭文字を取っているわけ」

となぜかうっすらとどや顔。

 

 「この我々の顔の間、車の真ん中にあって車の後方を確かめる為の鏡・ミラーも日本では『バックミラー』って言うけど、ロスでは『リアミラー(RearMirror)』っていうからね」

またもどや顔!

 

「レアミラー!。ミディアムとレアの『レア』ですか?」と緊張感から思わず、そんなアホな質問をしてしまいました。少し考えれば分かるはずなのに。すると、案の定、

「ちがう!」「それは『レア』、バックは『リア』」

ジェイ先生がだんだんとぶち切れ気味になってきたので、とにかく早く駐車場から出られるように運転に集中しました。道路に出ると先生は好きなように走りなさいと言ったはずなのに

「右に曲がりなさい」

「はい、ここは左に曲がりなさい」

と指示の連発

 

車を走らせていくとメイン通りから裏道に入り、車の少ない裏通りの方へ車を進めて行きました。道幅がちょっと広めの閑静な住宅街に着いたところで、一つ一つ細かい教習が始まりました。

f:id:TakTakaoka:20200805112111j:plain

ジェイ先生が教習に使用していたストリートのイメージです。ここよりももっと広い所での教習が多かったと記憶します! Free-PhotosによるPixabayからの画像

人けのない交差点で信号が赤となって車を停止させました。まわりには他の車もなく、歩行者もいませんでした。前方の信号がにも関わらず、ジェイ先生は「ハイ、ここを右に曲がって、アクセレレイター」とアクセルペダルに乗せている私の足をポンと叩いたのです。いぶかしく思い「先生、信号が赤ですよ。」と聞いてみました。

すると

「歩行者がおらず、他の車がいても容易に右折が可能だと判断出来た場合、アメリカでは右折してもいいのです、それがアメリカのルールです。」

という答えが返ってきました。これはちょっとしたカルチャーショックでした。

ジェイ先生はやたらと「アクセレレイター」という言葉を使うのですが「アクセル」という言葉は日本人が作った造語であって本当は「アクセレレイターというんだよ。」と言った時もどや顔をされていました。

20分位、あれこれと走ったでしょうか、しばらくすると、道端に車を停めるように言われました。そして、私の運転に対するコメントが始まりました。

「あなたの運転ひどいね!メチャクチャだね。 基礎からじっくりやり直さないと事故を起こして貴方の命は無くなってしまうかもしれない、きっと!そうならないようにするには、そうです、これから教えていく私の教えを守りなさい!!」

その顔は目も頬も笑っておらず、本気なのはありがたいのですが、なんだか段々とこちらの息がつまりそうになってきました!

 つづく