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ロサンゼルス駐在生活体験記 : 92年当時のこと & ビバリーコネクション!!【再掲出08】

前回、ロサンゼルスで駐在生活をしていくに際してパーク・ラブレアというところに居を構えてLAでの生活をスタートさせたという事をお伝えしました。今一度、年代を確認しておきましょう。私がロサンゼルスに着任してから駐在生活をしていたのは1992年の3月後半からに1995年7月になります。滞在期間としては3年と4ケ月間でした。

今このブログを書いているのは2022です。私が駐在してLAで暮らしていた当時からはもう30年も時が経過しています。今更なんでそんな古い情報を書いているのかとお思いの方も多いかと思います。前にも書きましたが、私は母子家庭で育ちました。裕福な環境で育ったわけではありません。子供の頃の私は、将来、自分が海外で暮らすことが出来るような大人になれるとは全く思ってもみませんでした。ただ中学・高校で英語というものに興味をもって、以後はこつこつと英語の学習に励んでいました。その結果、あきらめずに突き進んでいった結果、私はロサンゼルスへ派遣される駐在員に選ばれることになり海外で生活することになりました。そして、LAという土地でさまざまな経験をすることが出来ました。それがどういったものだったか、良い経験、こわい経験、その両方を体験していくことになりましたが、どれもが得難い経験・体験となりました。若い世代の方々には目標を追いかけてほしいですし、同年代の方には92年から95年のあの時代にロサンゼルスにいた多くの日本人の中の一人の体験談として、VR的に何かを感じて頂けたらと思い、ブログとして書かせて頂くことにしました。

この後、この体験談を読んで頂くことになる訳ですが1992年とはどういう年だったのか少しばかり振り返っておこうかと思います。さあ!時を戻しましょう!

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1989年が「平成元年」でしたので、1992年は平成4年になります。日本の政治は宮沢喜一氏が総理大臣を務めており、1月にはXジャパンが日本人アーティストとして初めて東京ドームで3日間コンサートを実施、3月に新幹線「のぞみ」が運行を開始。長崎ハウステンボスが3月25日に開業。4月にアニメ「クレヨンしんちゃん」の放送がスタート。また歌手の尾崎豊さんが26歳の若さで逝去。9月に日清「ラ王」発売。同9月、明石家さんまさんと大竹しのぶさんが離婚。13年間オンエアされていた「クイズ100人に聞きました」の放送が終了。10月、翌年から読売巨人軍の監督に再度(第二次)長嶋茂雄氏が就任することが決まり、11月に行われたドラフト会議では星稜高校の松井秀喜選手を見事に引き当てました。同月に横浜大洋ホエールズが「横浜ベイスターズ」へチーム名を変更。ソニーがMDプレーヤーを発売。アメリカではビル・クリントン氏が大統領選に勝利してジョージ・ブッシュ氏の後の第42代大統領になることが決定。「なるほど、ほぅ~そうだった、そうだった。」という事ばかり。

平成が始まった頃の日本は、世界の中でとても強い国であったと言えるでしょう。本当に強かったのです。なにせ今ではほとんど使われませんが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という表現が頻繁に使われており、最先端のテクノロジーを武器に電気製品や任天堂ファミリーコンピューター、セガサターン、SONYのプレイステーションなどの家庭用ゲーム機が日本だけでなく世界中で売れに売れていた時代でしたから

1989年にアメリカのメジャー映画会社のコロンビアピクチャーズSONYに買収された時は、アメリカでは落胆の意味を込めて「魂を売った!」と当時のメディアが一斉に報じていたほど日本のパワーは凄かった(買収額は47億ドル、当時のレートで6,700億円)のです。ジャパンマネーと言われた資本力は猛烈に強かったと言えるでしょう。その翌年の1990年に今度は松下電器(現在のパナソニック)ユニバーサル・ピクチャーズを買収しました(61億ドル、当時のレートで7,800憶円)。以前、初めて出張でロスに行った際、訪れたユニバーサルスタジオはアメリカの会社が運営するスタジオだなぁと感じたのですが松下電器が買収した後に再度訪れた際には、園内の案内放送に日本語が加わっていたので、買収するということは、こういう変化も出てくるのかと妙に納得したことを覚えています。

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それでは、時を1992年3月の月末から4月あたりに戻して、体験談の続きに話しを戻していきましょう!   =====================================

 

やったぜ、ビバリーコネクション!

パーク・ラブレアのメインゲートを出て左折して西に向かって車で6,7分も走るとビバリーセンターというショッピングセンタービルがあります。オープンは1982年。

92年当時ですでに10年が経っていたわけですが8階建て(2階から5階までは駐車場)の物凄く広いショッピングセンターで、当時こんなドデカいショッピングセンターなど日本にはありませんでしたから、この施設に行く度にアメリカのスケールの大きさにただただ圧倒されていました。

202年現在、もう何年間も缶コーヒーの宣伝でお馴染みになっているトミー・リー・ジョーンズですが、彼が主演した「ボルケーノ」(1997年)という映画を観ると、なんとこのビバリーセンターの近隣、ロサンゼルス・カウンティ・ミュージアムの横、タールピットの池からマグマが噴出して溶岩がウィルシャー通りに流れ出して未曽有の大惨事となっていくという設定で、一度は流れが止まったかに思われた溶岩は地面の下で地下鉄のラインに沿ってビバリーセンター方面へと向かってしまい、ビバリーセンターの横の通りからマグマが空高く噴火するシーンがあり、映画にはパーク・ラブレアは出てきませんでしたが、住んでいた家の近くの様子が克明に描かれていたのでとても驚きました。 

さてさて、ここで書こうと思っているのはビバリーセンターではなくすぐ横のラ・シエネガ(La Cienega)通りを挟んで真向いに建っていた「ビバリーコネクション」(Beverly Connection)  です。紛らわしくてごめんなさい。つづく