一流人じゃなくても夢は叶えられる!

英語を学び、映画を見まくったことで夢は叶えられた!

【人生ほど重いパンチはない】020: 「想像を超える人の存在」は我々の常識を打ち破って「人間の可能性」の「箍(たが)を外してくれます」!【前編】

我々は、どの国で時を過ごし成長したとしても、生まれてから数十年間、人間として普通の生活を続けていると「その中での常識」に囚われがちです。

昔、サラリーマン時代の上司に言われて「ハッ」とした言葉があります。その時はあまり意識していなかったのですが、今、この歳になると自分も今の若い人たちに「同じことを言うべきだなぁ」と感慨深く思い出します。

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若い頃の私は「そんなことは無理です」「それは難しくて私には出来ません」と口に出さずともそういった態度を見せてしまいがちな若造でした、すると、すかさず上司から「何を言っているんだ。そんなことはないだろう!自分で自分の能力の限界を決めつけてどうするんだ。」と叱咤激励を受けたのですが、今思い返すと「本当にそうだよなぁ」と思うんです。だから若い人達に対して声を大にして伝えたいのは若い時期に自分で自分に『限界の線』を引く必要はないんだ!」ということなんです。

 

悲しいかな、仮に「東京大学」に行けるかもしれないと思っていたとしても、私などは本当の実力がないことは分かっていたので自ずと「限界」を思い知らされることにはなりましたが・・。まあ、私の場合は、小学生の頃、友人が私のことをアニメ「バビル2世」の替え歌で「低能力少年、たかおかく~~ん」と謳たい、自分でもこの歌詞に合わせて踊っていましたから「俺って低脳力少年なんだ」とおのずと刷り込んでしまっていたのは、あまりよくなかったかもしれません。

 

物事に打ち込む前に「ここが自分の能力の限界なのだ」と決めつけてしまうことは「自分の可能性」に蓋をしてしまうことになってしまいます。

「トライして、トライして、完全に自分の力が尽きるまでトライし尽くしたのか」ここがポイントだと思います。

つまりは限界を考えず「事にあたり全力でぶりあたり力を出し尽くした」のであれば、後から「あそこが自分の限界点だったのだ」と振り返る事ができます。その方が「後悔」はなく、私には人生の正しい過ごし方のように思えるのです。

さて、今日は、私が「人間の能力の限界」というのは、自分で勝手に決めつけてしまっているだけなのかもしれないと思うキッカケになった「人物」をご紹介したいと思います!私は、もっと早く彼の事が知りたかったです!

その人の名前は シャウル・ラダニーというイスラエルの方です。彼のことを知ったのは2008年8月の読売新聞の夕刊に載っていた「地球びっくり箱」「毎日44キロ歩き続ける72歳」という記事ででした。(三井美奈さんという記者の方がイスラエルのオメルという地で取材なさっていました!)

私はこの見出し自体が信じられませんでした。失礼ながら「72歳といえば老人の部類に入るのに、どうしてフルマラソンと同じ距離を毎日歩けるのか?そんな人が本当にいるのか?」と思いました。過去半世紀の間に世界中の「競歩の大会」に出場して獲得したトロフィーの数はなんと600以上。しかも、この方66歳の時にリンパ節に「がん」がみつかって治療を行い、克服した後、健康状態に戻るやいなや長距離歩く事を再開しているのです。

 

この方(かた)はイスラエルで「歩く鉄人」と言われているのですが「鉄人」と呼ばれているのは、彼がただ単に毎日長距離を歩いているからだけではないのです。彼はそれまで壮絶な人生を歩んできているんです。

5歳の時、世の中は第二次世界大戦中。故郷ベオグラードの自宅がナチス・ドイツ軍の空爆を受けました。この空襲で家族・親戚が何十人と亡くなる中、たまたま彼は母親と地下室にいたので難を逃れました。そして、親類を頼ってハンガリーに移りますが、ドイツ軍に拘束されてアンネ・フランクが死亡したことで有名なベルデン・ベルゼンのユダヤ人強制収容所に移送されてしまいます。収監された鉄格子の窓の向こうにトマトが実っているのが見えて、そのトマトが欲しくて気が変になりそうになった期間が6ケ月間も続き、ようやく終戦が迎えられたのだそうです。

その後、彼はイスラエルへと移住します。そして、1950~60年代になると、今度は「アラブ戦争」に出兵して戦地で大砲を打つ「砲兵」となり、そこでも銃弾が飛び交う凄まじい戦闘を体験しながらも、無事に帰還してくることが出来たのです。何という「強い生命力」を持っている方なんでしょう!!  つづく