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変な夢とLAノースリッジの地震 【再掲出28】

●変な夢とノースリッジの地震●

私がロサンゼルスに駐在していた1994年1月17日、午前4時31分。しんと静まっている日の出前のロサンゼルスの町にマグニチュード6.6の地震がありました。

1995年の夏に日本に帰国した後は、埼玉県の越谷で暮らしておりました。2011年3月11日に東北を震源地として起きた「東日本大震災」も経験することになりましたが、私自身にとっては「ロス/ノースリッジ地震」は、自分自身が「死」というものを意識したという点では、ロスで経験した地震の方が「恐さ」という点では強く印象に残っています。

またロスでの地震の後、LAが、ロサンゼルスの人々が、生きるためのインフラを含めて普通の生活を取り戻すまで本当に大変な思いで復興を進めていました。中でも今までの生活で通勤で普通に使っていた高速道路・フリーウェイが何か所も落ちてしまいましたから、これが復旧するまでの半年間はロサンゼルス中が麻痺をしていました。

さて、以下に「ロサンゼルス地震」の体験談を転記しますが、もう30年ちかく前のことなので、情報に古いところがありますが、あくまで当時の体験談であると思って読んで頂けると幸いです。

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「ロサンゼルス暴動」から月日が流れること1年と7ケ月の間私と家内は車の運転にも慣れて、週末ともなると映画をみたり、様々なレストランで食事をしたり、時にはウエストコーストの美しい海岸線をドライブしたりしてすっかりとカリフォルニアライフを満喫していました。

しかしながら、天変地異などの災害に対して無防備になっていた我々を全く予想もしていなかった新たな恐怖が襲いました。それは”地震”でした。暴動の時は、被害に遇いたくなければ「出来る限り危険地域には近づかないようにする」という対策が取れましたが、地震の場合はそうはいきません。お金持ちであろうが、ホームレスであろうと、大地が揺れるという地球がもたらす自然災害からは逃れようがありません。

私が体験したロス・ノースリッジ地震は未明の大揺れでしたから、もちろん寝ているところに突然やってきました。数十秒間という短い時間がその何十倍も長く感じられて、揺れている間、これで「死ぬのかもしれない」という思いが頭をよぎりました。揺れがこれ以上強くなると築50年のこの12階建ての建物、我々の部屋は8階です、部屋の床が抜けるかもしれない、そうなったら壁、窓、床もろとも真っ逆さまに崩れ落ちていき「人生が終わるのだ」と。

揺れている間、祈ることしか出来ませんでした「頼むからもうこれ以上揺れないでくれ!お願いだからもう静まって。頼むから,これ以上大きくならないで!」と。

 

話しをこの地震が起きる前の時間に戻させていただきます。

ロサンゼルスの1月中旬という時季は、日本の冬のように厚手のコートが必要なほどの寒さにはならないものの、さすがに半袖のシャツではいられずに長袖のシャツに薄手のジャンパーあるいはトレーナーなどを着て過ごすと丁度良いくらいの気候なのですが、この時期は地震の前兆だったのか、94年が明けて段々と蒸し暑くなっていき、地震の前日、その前々日などはとにかく1月だというのに蒸し暑い日が続いていて、Tシャツ一枚でもOKなくらいの気温の日が続いたのです。

この1月17日、月曜日というのは、マーチン・ルーサー・キング牧師の生誕記念の日でアメリカでは祝日で休日でした。

寝苦しい暑さが続く中、早朝の4時31分、まだ日が昇らずに暗闇に包まれていたロサンゼルスの町と静かに眠っていた全LA市民たちは、地下から巨大なハンマーでガンガンと突き上げられたような直下型の大地震によって休息・眠りの世界から無理やりにしかも恐怖とともに起こされてしまいました。

 私自身はと言いますと、不謹慎に思われる方もいるかもしれませんが、地震が起きる少し前から、何だか変な夢を見ていました、それもタイミング的に物凄く突飛な夢を。

最初からこの体験記を読んで頂いている方はご存じのとおり、私たち夫婦が住んでいたパークラブレアという高層アポートは築50年で、我々はその12階建ての8階に住んでいました。

私自身、この日の晩はやはり寝苦しかったのですが、それでも何とか深夜には眠りにつくことができました。しかしながら、暑さのせいか少し目が覚めたり、また眠ったりを繰り返していました。家内の方は奥の方のベッドでぐっすりと眠っていました。

私もようやく深い眠りに入りかけ始めたその時、寝室の隣の真っ暗で静まりかえっているリビンビの方からしっかりと閉めた筈の玄関の鍵が何者かによって「カチッ」と開けられたかのような音がしたのです。いや、したように感じたのです。なぜなら寝室からだと玄関まで少し距離があったものですから。本当に玄関の鍵の音だったのか?それとも気のせいだったのか?と半信半疑でした。寝室の前の扉を開けるとそこには浴室・トイレがあって、その2メートル半ほどの通路の先に14畳位のリビングがあり、その先が玄関なのですが、真っ暗な中、私は一人息を殺しながら全神経を耳に集中して玄関方面の物音を聞きとろうとしました。するとどうも玄関ドアがゆっくりと開けられており、何者かが静かに侵入してきている様子が感じられたのです。

そして、その何者かは玄関からそぅっと室内に侵入すると真っ暗な部屋の中を、足音を立てないように息を殺しながらゆっくりとゆっくりと手探りでリビングを壁づたいに進んできている気配がしているのです。その何者かは、我々夫婦が眠る一番奥の寝室へと向かってきているのが微かに聞こえる物音と辺りの空気から感じとれました。ベットの中で聞き耳を立てていた私は何かしら打つ手はないものかと息を殺しながら考えていました。そして、このような時に備えて買ってきていたバットが寝室奥に置いておいたのを思い出しました。そのバットは何も知らずにぐっすり眠っている家内のベットの足元の隅っこに立てかけてありました。

「そうだ、あのバットがあれば何とかなるかもしれない。」と思い、体を起こしてバットを取りに行こうとしたところ、不覚にも恐怖で金縛りのような状態になっていて、体が動かなくなっていることに気付きました。そんな中でも「その正体の分からない何者か」は暗闇の中をじりじりと、じりじりと近づいてきています。しかし動けなくなった体では、もはや応戦することなど出来ないと思い、情けないことにただ後は眠っているふりをして相手に気づかれないようにして時をやり過そうと考えてしまったのです。そして、いよいよ寝室の部屋のドアノブにその「何者」かの手がかかったかと思った瞬間、その男の気配がふぅ~っと消えてしまったのです。私は心の中で「あれ、どうしたんだ?」と思い、何とか薄す目を開けて周りの様子を窺いました。

暗い寝室から玄関まで通じる細長い廊下と真っ暗なリビングの中、そのすべてに先ほどまで感じられていたその男の気配がどこからも感じられないのです。このことを確かめようとゆっくりと静かに目をあけました。あたりは真っ暗ですが、気づくと体は金縛りの状態からは解かれているようでした。そして、廊下の方を見ようと恐る恐る上半身を起こそうとした次の瞬間でした、いきなりガバっとベッドの下から体のどデカイ男が物凄い勢いと力で私の上に飛び乗ってきたのです。その男は両手で私の首を強く締め上げてきました。そして、私の頭を何度も何度もベッドの上に叩きつけてきたのです。私はとにかくその苦しさを取り払いたかったので無我夢中でそいつの腹の辺りを思いっきり蹴り上げてやりました。ベッドの上から蹴りだされたその男は壁近くの洋服箪笥で背中を強く打ち、床に倒れて痛みでもがき苦しんでいました。でも、なぜだか分かりませんが、そいつは無言で声を出していないのです。   

私はベッドの上で四つん這いになりながら、隣に寝ている家内に向かって「起きろ、泥棒だ。強盗がはいった!」と恐怖で興奮しながら叫んでいました。すでに目を覚ましていた家内は家内で慌てふためいた様子で私に向かって「地震よ、地震よ!」と叫んでいました。私は、家内は何を血迷っているんだと思いました・・。今蹴り飛ばした奴が立ち上がって再び襲いかかってくるのではないかと気が気でならず「しっかりしろ、起きろ、強盗だ。バットを。そこに置いてあるバッドを俺に渡してくれ、こいつだよ。」と言って、私は床で「もがいている筈の男」の方を指さしました。するとそこにはさっきまで私を苦しめていた男などはおらず、その代わりに窓ガラスが大きな音でガタンガタンと音を立てて、部屋全体がグラングランとゆっくりと大きく左右・横に揺れていることに気付きました。 つづく