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銃社会アメリカ:日本で「バットマン」がヒットする・しないにも影響する?【再掲出36】             

●銃社会アメリカ●

1994年3月25日、午後11時頃、ロス市内のサンペドロ地区にある24時間営業のスーパーマーケットの前で19歳の二人の日本人留学生が数発の銃弾によってその若い命を奪われてしまいました。

※このブログは1992年~95年という今から30年前に、私がロサンゼルスに暮らしていた際の出来事・体験を綴っている「LA駐在生活」の体験談なので、情報としては古いのですが、どうかご了承ください。

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Jason GillmanによるPixabayからの画像

(本日は、2022年の9月10日です。2022年という年になった今でもアメリカでは「銃」のよる犯罪・事故があとを絶たない状態が続いています。私自身はアメリカで暮らしている間に「銃」による恐い目にあうことはありませんでしたが、いろいろな人から「俺は護身用に『銃』を車にいれている(机にいれている)」と言われました。日本に帰国してからも『銃』による悲しい事件・事故に関するニュースが聞こえてきているのですが、なんとなならないものでしょうか)

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私はこの事件のことを新聞で読み、二人がスティーブン・スピルバーグに憧れて映画を学びに来ていた留学生だったことを知り、やはり同じ日本人として深い悲しみとどこに向けていいのか分からない怒り、そして、どうして命を奪われなければならなかったのかという無念さを感じました。後日、捕まった犯人は18歳と20歳のギャングであり車の中のカーステレオ欲しさの犯行だったと報じられていました。

どうしてこの二人のカーステレオ欲しさの為に二人の若い日本人が命を落さなければならなかったのか?考えれば考えるほど悔しさの残る事件でした。

二人の死後直後、そのスーパーマーケットの駐車場には二人の死を悼む人々からの花束が寄せられており、その周辺には様々なメッセージが書かれたボードや色紙のようなものが置かれていて日本から駆け付けたご家族の様子などがテレビで報道されていました。亡くなった二人に会ったこともない私でさえ犯人にはかなりの怒りを感じていましたから、ご家族の悔しさと悲しみはどれだけ深いものだったでしょう。

事件があってから4ケ月以上が過ぎたある夏の日の夕方、私は家内と事件のあったスーパーマーケットの正確な場所を友人から教えてもらい、花束を持って、ロサンゼルス地震の被害から修復を済ませたサンタモニカフリーウェイに乗り、一路、事件のあったそのスーパーへと向かいました。ロサンゼルス空港を右手に通りすぎてから、更に南下していき、ウエスタンの出口で下り、そこから更に下の一般道で14,5分走るとそのスーパーはありました。ロスの夏の日没の時間はかなり遅く、八時半を過ぎてからようやく暗くなり始めます。私たちがその場所についたのは、辺りが少し暗くなり始めた20時20分前後だったと思います。

当たり前ですが、事件直後に置かれていた多くの花々は一つもなく、普通の駐車場に戻っており、ここであの事件が起こったという痕跡は何一つありませんでした。

彼らが亡くなった週にロスでは実に27名が銃により命を奪われており、このような銃により命を落すケースはロス市民からすると日常茶飯事で、特段とりたてて話題にするようなことではないのが実状のようでした。同様な事件で命を落した子を持つ親からはどうして日本人だからと言って特別扱いしてテレビで報道するのか理解出来ないという声もあったようです。

事件のあったこの地域、パロス・バルデスは美しい海が臨める高級住宅地として知られていて当時は日本人駐在員も数多く暮らしている地域で、それまで比較的治安の良い地域と言われていました。

事件のあった駐車場に花束を供えて、しばし手を合わせ合掌し、その場を後にしました。暗くなればなるだけ闇は深くなり、ギャングも物影に潜みやすくなります。過去に銃弾を受けて命を落した日本人たちは皆一様に夜暗くなってから銃の犠牲になっています。夜のロサンゼルスは、昼間の陽気なカリフォルニアライフの生活とは違って、深い闇に包まれた犯罪の町へと変貌します。

当時のロスで夜も歩けて楽しめるところと言えば、サンタモニカのサードストリートプロムナード、センチュリーシティ・ショッピングセンター、ユニバーサルユタジオ近くのシティウォークと言った場所だけでした。ウエストウッドも比較的安全な地域と見られていました。これらの場所であれば金曜や土曜ともなると映画や食事を楽しむ人たちが繰り出してきて比較的安心して歩けました。それ以外の多くの場所は大通りに面している普通の民家の脇でさえ歩いている人はまばらで、とても一人で歩いてみようなどと言う気にはなれません。誰かに襲われる可能性があるという恐怖心をロスに暮らしている人は、みんな多かれ少なかれ持っていると思います。少なくとも当時はそうでした。

日本の主要都市に暮らしていると夜に腹が減ると「腹減った、牛丼でも食いに行こう」と気軽に外に食べにいけますが・・。(2020年のコロナ禍では難しい?)、ロサンゼルスでは夜に外を歩くなどということは自殺行為であって、何かあったら外に出たその人が悪いということになります。

東京で暮らしている人たちにとっては「夜気軽に飲食店に歩いて食べにいく」「夜11時を過ぎて帰宅して駅から家まで歩いて帰る」などは極々普通の生活習慣で当たり前のことですが、同じアパートに住んでいる白人の老婦人にこのことを話したら「とても信じられない。トーキョーはそんなに安全な町なの?」と驚かれたことがあります。

ロサンゼルスに暮らしてみて感じたこと。それは「日本の都会の闇」「ロス、そしてニューヨークの夜の闇」は異質なもので、深さそのものが違うのです!

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Patrick GruterichによるPixabayからの画像

ワーナー・ブラザース映画の「バットマン」シリーズは日本でもお馴染みの人気作品ではありますが、アメリカにおける人気度からすると、それほど大きいものではないかもしれません。聞こえてきた話しですが1989年にティム・バートンが監督をしてマイケル・キートンがバットマンを演じた作品はアメリカでは特大ヒットになりましたが、日本で公開してみるとヒットはしたものの、アメリカの本社が期待したほどの成績にはならなったということでアメリカの本社から「日本支社はどういう宣伝をしたんだ?」とお叱りの連絡があったそうです。

バットマンは言わずとしれたコウモリをモチーフにした「闇のヒーロー」でありアメリカではテレビシリーズも放送されていたこともあり馴染み深いキャラクターであるのは勿論なのですが、映画が大ヒットした大きな要因は、バットマンがアメリカ人が潜在的に抱えている「夜の闇」と「銃」への恐怖心をスカッと払拭してしまう「羨望の化身」だという所にあるのだと私は思っています。

バットスーツに身を包んだブルース・ウェインが闇の中に現れては悪い奴らをバッタバッタと倒していき、しかもバットマンである彼が胸を張れば普段生活の中で怖いと思っている銃弾をも弾き飛ばしてしまう。その姿を観てアメリカ国民は溜飲が下がる思いがして、大喝采を送ってしまうのではないでしょうか?

「夜の町を安全に歩ける日本」と「夜の町を歩くには覚悟がいるアメリカ」とではやはりヒーローの捉え方が違ってしまっても仕方がないのではないでしょうか? つづく