93年にサンタモニカの劇場で「となりのトトロ」を観ましたよ!
1993年、とある月の、とある週末のこと。当時、LA駐在中の我が家が購読していた新聞は「ロサンゼルスタイムズ」でした。ロサンゼルスタイムズは、日曜版が一番分厚くて、経済・スポーツ・エンターテインメントといったジャンルごとに仕分けされていて、日曜版のエンタメの特集のページは映画好きの私には新しくワクワクする情報を入手することが出来るので、目を通すのがとても楽しみでした。
90年代のロサンゼルスは「シネコン」の形態が広まっており、かなり定着している状況になってはいましたが、それでもアート系の作品を上映する劇場は劇場でしっかりと存在していてそこに集う観客たちもしっかりと存在していて、劇場運営もしっかり出来ているという印象でした。さすがは映画の町、ロサンゼルスだなぁと思ったものでした。
その日、いつものようにLAタイムズのエンタメの記事のページを何気なく見ていると、まあまあの大きさで、とある日本映画の宣伝広告が目に入ってきました。その映画とは日本人の私にはとても馴染み深い でかくて毛むくじゃらなキャラクターと二人の女の子の笑顔がはち切れんばかりのアニメ作品でした。「あれ、俺、この映画見たことある。」と思ったその映画は今やジブリアニメの代表作品の一つになっている「となりのトトロ」の映画の宣伝広告でした。その当時、今から30年前になるわけですが「珍しいなぁ、日本の映画・アニメがアメリカの映画館にかかるなんて」と思いました。
この作品は1988年に日本で公開されて大ヒットになったアニメ映画で、私も公開された当時、日本の映画館で観た作品でした。私はジブリの作品としては「となりのトトロ」の前に劇場公開された「天空の城ラピュタ」が大好きだったので「となりのトトロ」も日本で公開されてすぐに観にいきました。
日本では、映画やアニメを映画館で上映しようとする場合、松竹・東映・東宝・日活・GAGAといった映画の配給会社が劇場側と交渉して映画館で上映されることになるわけですが、この「となりのトトロ」をアメリカで配給するのはどの会社なのだろうと、もう一度、宣伝広告に目をやって配給会社の名前を探してみると「distributed by TOROMA」とありました。「えっ」と私は思いました。皆さん、この会社のことご存じですか?
80年代、90年代にB級、C級の洋画の「おバカ映画」をよく見ていたという方であれば「悪魔の毒毒モンスター」という映画があったことをご記憶の方もいらっしゃると思います。あのおばかで特異なモンスター映画「悪魔の毒毒モンスター」をアメリカで製作・配給していたのがTOROMAという会社なのであります。アメリカで「となりのトトロ」を劇場配給するのがTOROMAだと報じているその新聞広告がなんだか信じられませんでした。それまでTOROMAが扱ってきた作品のテイストからして「何だか気色(系統)が違うよなぁ~」と正直思ってしまいました。今思うとTOROMAの社長であり「悪魔の毒毒モンスター」の監督であるロイド・カウフマン氏が胸に秘めていた「アメリカに是非ともこの作品を紹介したい」という強い思いがあったからこそ、この作品が海を渡ってアメリカの地で公開される運びとなった訳です。もちろん、ビジネスですから、これで一山儲けたいという気もあったかもしれません。でも、TOROMAによるアメリカでの劇場公開のおかげで「トトロ」と「サツキとメイ」という二人の日本のかわいい姉妹のキャラクター達がアメリカの人達に受けいれられて、その後、宮崎アニメの認知度と人気自体が上がっていくことになるのですから、もっとTOROMAという会社とロイド・カウフマン氏に脚光が当たってもよいように思ってしまうのであります!
サンタモニカで「となりのトトロ」が上映するという事が分かってから、なんだか私の気持ちはそわそわしていました。アメリカに来る前、日本で観ているにも関わらず早くサンタモニカの映画館で「となりのトトロ」が観たいという気持ちが日に日に大きくなっていきました。かみさんにも「となりのトトロ観に行くぞ!」と誘ったのですが、彼女の返答は「私は日本で観たから行かな~い」と味もそっけもないものでした。
そして、劇場公開の日となりました。それならばと、自分の都合の良き時に一人で、ワクワクしながら、サンタモニカの劇場へと向かいました。上映している映画館はシネコン形式の劇場で、部屋の大きさは客席数50席くらいの小さめの劇場でした。私が到着すると、客席の半分くらいはもう埋まっていました。日系人は4人家族が一組、シニアのご夫妻が一組、それに私で、あとはアジア系のご家族もいましたが、意外にも白人の方が多くて、だいたいが小学校か幼稚園に通われているお子さんのいるご家族が来ていました。私の席の後ろの後ろには、お父さん、お母さん、お姉ちゃん(6歳位)、妹(4歳位)の白人の四人家族が陣取っていました。
私はこの映画を日本ですでに観ているので、この時はその映画を観るというよりも、この作品を観ているアメリカ人たちがどういう反応を示すのかがみてみたかったのあります。自分はプロデューサーではないし、この作品の関係者でもないのですが、アメリカ人がこの日本生まれのキャラクター「トトロ」にどう反応するのか?がとても楽しみだったのです。
さてさてさて、場内が暗くなり、この日とてもいい席に座ることが出来たなぁと思ったのは、後ろの後ろの席の女の子の二人の反応が直に伝わってきてとても面白い体験が出来たからなのです。
場内が暗くなって映画がスタートしたのですが、最初の頃の姉妹は落ち着きがなくてジュースを飲んだりポップコーンを食べたりしていて、映画の中身にほとんど関心がない様子でした。でも、物語が進んでいくにつれて段々と映画の中身が気になりだしたようで、観た事もない日本の森の中の風景とそこに登場してくる魔訶奇妙な生き物たちがかなり珍しいらしくママに「あれ何?」の質問を浴びせかけ出しました。そして彼女たちは画面を見ていて登場したキャラクターが可愛いと思ったら次の瞬間にはもう「Cute,キュート」という言葉を口から発しており、立て続けに可愛いキャラが登場してくると「 Cute,So Cute!」を連発するのです。他のお客さん達がどう思ったかは分かりませんが、私からするとその連呼する彼女たちの声が何んとも言えず可愛くて「あなた達の声の方がよっぽどキュートなんだけどなぁ、実のところは!」と心の中で思いながら画面に目を向けていました。トトロという作品はジブリ作品の中でも独特の可愛い挿入歌がある作品なのですが、その曲が流れると、この姉妹は初めて見る映画の筈なのに、音楽に合わせてなぜか歌を歌っている、というよりも、音楽に合わせてハミングしながら二人して体をゆすっているのです。いやはや何だか私自身、とてもメルヘンチックな気持ちにさせてもらえた貴重な映画鑑賞となりました。
映画が終わった後、観客たちはみんな一様に笑顔で映画館を出て行っていたので「映画の出来そのものにとても満足してもらえたのだなぁ」と思いました。これだけ喜んでくれているのだから、もっと大きなスクリーンでやってほしい、いつかジブリ作品が、イヤ日本の作品がもっともっと大きな劇場で上映されて、連日・連夜、アメリカの人たちに喜んでもらえる、そんな日が来ることを、その日私は願っていました。
あの日の鑑賞は1993年、およそ30年前のお話しです。そして、時は過ぎ、時代は動き、今日の日本アニメ・音楽を含めた韓国の良質のコンテンツ隆盛の時代となっているわけですが「時代の動き」は決してデジタルのようにはいかず、まるで地球が自転しているが如く、ゆっくりとしたペースで進むべき方向に進んでいくもののようです。