一流人じゃなくても夢は叶えられる!

英語を学び、映画を見まくったことで夢は叶えられた!

『好きを仕事にしてしまった私の場合』【夢を追うと決めたからには】001        

【 夢を追うと決めたからには 】001

今からもうおよそ37年も前のことです。私は大学卒業後、今でも子供たちに人気がある「ある大手のおもちゃ会社」に就職することが出来ました。私自身はその会社が「第一志望」で大学4年生の夏休み中の8月にその会社への内定(就職)が決まりました。人事部の方から「採用させて頂くことが決まりました」というご連絡を頂いた時は、それはもう、物凄く嬉しくて思わずガッツポーズをとったことを覚えています。正直、家が貧しかったこともありアルバイトに明け暮れて、映画ばかり見ており、大学の成績は正直良くはありませんでしたので就職試験に受かって本当に良かったと思いました!

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          hudsoncraftedによるPixabayからの画像

ですが、この就職を喜んでいたのは「私」だけで「叔父・叔母・親戚」は「ふ~ん」といった感じで誰からも「よかったねぇ~いい所に就職出来たねぇ」とは言ってもらえませんでした。女手一つで育ててくれて大病した後の母は「あなたが良ければそれが一番」とは言ってくれました。しかし、祖母にいたっては「どうしてお前は大学まで出てあんな町工場あがりの会社を選んだんだい?」と不満を露わにされてしまったのにはさすがに閉口してしまいました。

その玩具メーカーから「内定」をもらって以降、会社からの要請もあり、9月以降の毎週土曜日、日曜日は東京都内のさまざまなデパートのおもちゃ売り場、玩具専門店で玩具を販売するというアルバイトをすることになりました。ですので大学を卒業することになる3月までの6ケ月の間、その就職する会社の業務に間接的ではありますが、触れることになりました。

そのアルバイトを通じて自分の中に少しづつですがその会社の仕事内容に違和感を感じたりすることもあったのですが、それは自分が勝手に思い描いていた「玩具メーカー」の業務内容と現実の業務内容の単純な違いなだけだと思っていました。

大学を卒業し会社勤めが始まる4月になる直前の3月の末に「祖母」が無くなりました。その会社への「入社式」と祖母の「葬儀の日」が一緒になりました。その会社への入社をまるで取りやめてほしいと祖母が言っているかのようでした。

入社式の後に同期の仲間たち数十人たちと一緒に2週間の研修を行いました。とても貴重な研修でした。(内容の詳述は控えます)

そして、その後、各メンバーの配属先が一人一人に伝えられました。私は海外業務を行う国際部や玩具の開発部あるいは営業部を希望していました。しかしながら、結局の所、配属となったのは「総務部」でした。この会社は最初の配属が決まると3年間はそのままその部署で働くということになっていました。

正直、とにかくバリバリと動き回りたいと思っていたので自分がどうして総務部なのか?と思い悶々としながら毎日働くことになってしまいました。そういう日々を何か月間と送っていくうちにやはり自分の気持ちが破綻し始めてしまいました。若気の至り(?)だったのでしょうか。「自分がしたい・やりたいことはこれではない!」という気持ちがついに抑えられない日が来ることになってしまいました! 【つづく】