一流人じゃなくても夢は叶えられる!

英語を学び、映画を見まくったことで夢は叶えられた!

【英語/映画/旅行が好きな方向け】ロサンゼルス駐在生活体験記 010              

6.日本人、日本用品、日本の情報

 ロサンゼルスへの出発前、プライベートの知人・友人や会社の先輩・同僚たちがそれぞれに歓送会を開いてくれました。しばらく日本を離れることになるので日本食がいいだろうということで、どの歓送会も会場は「日本食レストラン」となりました。皆が皆、美味しい日本食を思う存分味わってから旅立っていってほしいという心のこもった配慮からでした

 ご存じのように92年当時はまだインターネットの普及前だったので、友人の一人は「向こうはほとんど日本の本や雑誌は手に入らないだろうから、欲しいものがあったら手紙か電話で連絡してこいよ。こっちで買って送ってやるからな!」と言ってくれました。出発前は本当にその友人にいろいろと頼むことになるだろうなぁと思っていましたが、着いてすぐにその必要がないことが分かりました。私と彼の会話は実に時代遅れなものだったのです。92年当時のロサンゼルスですが、あれほど日本の食品、日本用品などを扱うお店が多くあるとは思ってもみませんでした。

ロサンゼルス市内の中心よりほんの少し西側寄りのセンチュリーシティから車で五分程のところにソーテルという通りがあります。驚くなかれ、そこには日本人経営の本屋さん、スーパーマーケット、お蕎麦屋さん、カラオケボックスまであり、日本人が暮していくのに何不自由ない環境がもうそこにはちゃんと出来上がっていて何一つ困ることなどありませんでした。そのソーテルという通りを知った時は便利で有難いとは思ったのですが、どっぷりとアメリカンな生活に浸るつもりでやってきていたので、なんだか拍子抜けしてしまったことを覚えています。

ロサンゼルスの東側、ダウンタウン方面にも日本人・日本の飲食店などが多く集まる「リトルトーキョー」という地区もあります。「トーキョー」との呼び名が付いているからこ洒落た雰囲気を想像してたのですが、下町育ちの私の感想は「リトル下町」の方がしっくりくるような気がしました。ここには「紀伊国屋書店」さんがあって、店内はとても広くて日本のコミック、単行本、雑誌、カレンダー、写真集が発売の時期こそ少し遅れがちなところはあったけれど欲しいものはほとんどそこで手に入れることが出来、新聞にしても「朝日新聞」「読売新聞」は通信衛星を使い、ほぼ毎日日本と同じリアルタイムで発行されていました。新聞に限らず、現地のローカルテレビ局は、日本で夜の時間帯に流しているニュース番組の一つを衛星を利用して録画編集して朝の時間帯に放送していましたので、92年の時点では日本の国で起きている出来事はほぼリアルタイムで把握することが出来ました。

今お話ししたように日本の食べ物、各種日本製品、日本の書籍などはロサンゼルスやニューヨーク、シカゴといったアメリカの大都市であれば、アメリカで暮らす日本人の為のお店があってその恩恵を受けることが出来ましたが、大都市以外で暮らす日本人が日本のものを入手したいと思った時には大都市へ買い出しをしにいかなければなりませんでした。(2020年の今はアマゾンがあるのであまり問題はないのかもしれませんが・・・。)

 

7.ロスの日本食レストラン

日本の品物が結構入手しやすい環境にあることが分かると同時に、ロサンゼルスの町中にも我々が思っていた以上に日本食のレストランも数多くあり、日本食をこやなく愛する私としてはとてもありがたい赴任地でした。寿司、てんぷらは元よりラーメン、焼き鳥屋、カレー屋、焼き肉屋、そば屋、居酒屋などなど贅沢さえ言わなければ食によってホームシックになることはまったくありませんでした。

前回、ビバリーコネクションで出くわしたことがあるハリウッド関係者のことをお話ししましたが、ロサンゼルスに滞在していた3年4カ月の間、私はかなり多くハリウッドスターやプロデューサー、監督に町中で遭遇したのですが、日本食レストランの中という条件付きですと、中々遭遇するという体験は多くはありませんでした。

ビバリーセンターの比較的近い場所にアメリカンスタイルのスシ店「スシカフェ」というお店がありましたがロサンゼルスでの生活もかなり慣れてきた時期に日本から先輩が出張でやって来きた時に、そのお店に行ったことがあるのですが、カウンター席に案内されて注文した品物が出てきたあたりで、真向いのカウンター席に男女のカップルがやってきました。その女性の方の顔に見覚えがあったのですが・・。最初は思い出せず誰だったかなぁと思っていたのですが、少し考えた次の瞬間、心の中で「あっ、アリッサ・ミラノ(彼女は1972年生まれ)だ。」と叫んでいました。彼女は「コマンドー」(1985年度)というアーノルド・シュワルツェネッガー主演のアクション映画で彼の娘役で日本でブレイクしたのですが、今の若い人は、まったくその名前を知らないかもしれませんね。98年から始まったテレビドラマの「チャームド~魔女3姉妹」に出演して第一線にカムバックしてきていたので、この作品で3女を演じた女優さんと言った方が分かりやすいかもしれませんね。このお寿司屋さんで会った頃の彼女はまだ20歳位だったのですが、顔立ちはくっきりはっきりでやっぱり美人さんでしたが、バストのラインの方も「これはなにか~!」という位の見事なボディラインをしていました。

なんだかそわそわした気分で食事をしてこのお店を出たのですが、私の先輩が

「アリッサ・ミラノの胸、見た? 

 彼女ノーブラだったでしょ!!」

と言ってきたのです。見事なバストラインをしてるなぁとは思ったけれども私は変に優等生ぶってしまい中々ガン見することが出来なかったので、彼女がノーブラだったことには気づきませんでした。本当にそうだったのか?店内に戻って確かめるのも変な話で・・・。

それよりも例え一時でも私にとってはスクリーンの中でしか会えない存在の彼女と同じ空間にいられたという事、もうその事だけで感謝・感激でした!!

 つづく

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