一流人じゃなくても夢は叶えられる!

英語を学び、映画を見まくったことで夢は叶えられた!

【英語/映画/旅行が好きな方向け】ロサンゼルス駐在生活体験記 009              

5.やったぜ、ビバリーコネクション(のつづき)

ここは当時ジェネラルシネマという6スクリーンあるシネコンの映画館が入っているばかりか「ラルフス(Ralphs)」というスーパーマーケットや雑貨屋、ブックストア、CDショップやレストランがあり、とても便利で楽しめて気軽に利用出来る上、建物が悪い奴らが侵入しづらい構造になっていたので安心して足を運べました。「ラルフス(Ralphs)」というスーパーマーケットに初めて行った時、そのバカでかさに度肝を抜かれました。食材の種類の多さや大きさの違い、牛肉などの値段の安さが目を引きましたし、お寿司やアボカドとカニかまを巻いたロールものがパックになって売られていました。この「ラルフス」だけでなくロサンゼルスにあるスーパーマーケットのほとんどがラルフスと同様の広さがあって食材をどこも豊富に取り揃えていました。アメリカは「なんでもデカい!」とは聞いていましたが、これほどまでにデカいとは思いませんでした。

1992年の当時のレジでのお金の払い方ですが、カゴに入っている品物が6個以下だけの人が並ぶ特別レジがあったり、カード払いが日本より進んでいて200円、300円の買い物でもクレジットカードを使うのが普通でした。

日本だとスーパーのかごをレジの台の上に乗せてレジスタッフが一つ一つバーコードを機械に読ませて支払いを行いますが、アメリカの場合は、レジ台がベルトコンベアー式になっていて、どのレジのベルトコンベアーの上にも細長い四角形の棒が置いてあって前の人の品物と自分の品物とを区別するためにその棒を仕切りとして使うのです。

当時、レジは二人体制になっていて一人はお会計を、もう一人は荷物を詰めてくれる係でした。初めてレジに並んだ時、奥の袋詰めスタッフが私に向かって何か聞いてきました。私の後ろには何人かがすでに列を作っています。

 「ペーパーオワプラスティック?(Paper or plasic?)」

「(このおばちゃん、何言ってんだ?)」

ペーパー オワ プラスティック?」

私が「何を言ってんだか?」という顔をしていたら、後ろの中年白人女性が「紙袋でいいの?」と言って助け船を出してくれて、オオ、オオ、イェイ。そうかそうか。「買った品物は紙の袋に入れる?それともビニール袋に入れる?」と聞いてきてるわけか。正直、どっちでもいいんだけど、その時その時、自分で決めて伝えりゃいいだけの話しなんだなぁ。何んともお恥ずかしい!向こうからしたら、ただ単純に、

紙袋?それともビニール袋にする?」

と聞いてるだけなんだものなぁ~レジのおばさまに「Paper, please!」と答えて何事もなく事なきをえたけれども、何んとも、まあ恥ずかしいお話しです。

買い物の仕方一つ取っても違いましたし、90年代の初頭の、日本ではまだスーパーで飲料水を買うという習慣はありませんでした。しかしながが、もうロサンゼルスのスーパーでは様々なメーカーが大小様々な大きさの水を売っていましたし、バケツ大の大きさのアイスクリームも3ドル未満で売っていました。

日頃の買い物を「Ralphs」で行い、平日仕事をして、週末は映画を観にビバリーコネクションか隣のビバリーセンターに行きさえすれば、ロスでの生活は自然と過ぎていく、そんな感じでした。それとやはりここは映画の都・ハリウッドがある町なんだなぁと感じさせてくれたのもビバリーコネクション(もちろん、ビバリーセンターも)だったので、ロスでの生活に、本当に潤いを与えてくれました。

ビバリーコネクションとビバリーセンターの辺りは、当時の日本の有名なタレントさんたちもプライベートで訪れては余暇を過ごしている姿をちらほらと見かけしました。

92年の頃は、インターネットというものはその存在は知られているものの、世間一般にはまだ普及しておらず一般の人が気軽に使えるという環境が整っていませんでした。当時の日本のインターネットの人口あたりの普及率はわずか3%位です。50%に到達したのがようやく2001年、21世紀になってからだったので90年代のインターネットの使用は、まだまだ発展途上でこれからという段階でした。 

そういった訳で、2020年の今であれば瞬時にアメリカだけでなく世界中の情報がネットから拾うことが出来ますが、90年代初頭はネットどころか携帯すら普及の前な訳ですから情報のやり取りも旧式のままに行う最後の時代だったといえるでしょう。映画の新作情報も瞬時に伝達することなどが出来るレベルではなかったので、日本から有名な映画評論家の方々がやって来てこの辺りのホテルに宿泊をして日本に先駆けて劇場公開される新作映画を観られるだけ観溜めをして帰国されるようでした。

それからビバリーコネクションに足繁く通うようになるわけですが、やはり場所柄からハリウッドのビックな映画関係者たちがゆったりとプライベートの余暇を楽しんでいる、そんな姿にも出くわしました。

CD・ビデオショップのレンタルコーナーでは「ダイハード1、2」「リーサルウェポンシリーズ」「マトリックス」などを手掛けた大物プロデューサーのジョエル・シルバー氏が美しい女性と何をレンタルするかの話をしているのではなく表紙のデザインとしてこれは良いとか悪いとかの会話していたり、いづぞやは映画館でジョン・リスゴー主演の「ケイン」という映画を観て劇場を出ようとしたらすぐ後ろには「アンタッチャブル」「ミッション・インポッシブル」を監督したブライアン・デ・パルマ氏がいて同じスクリーンで映画を観ていたのかと驚いてしまいましたし、またある時は一階にあったレストランから出てきてボーイさんに自分の車を店先に回してほしいとお願いしている人物の顔をみたらジョン・ランディス監督(「ブルース・ブラザース」、マイケル・ジャクソンの大ヒットミュージッククリップ「スリラー」の演出を担当)だったりして、やはりここは映画の都・ハリウッドなんだなぁと感激して誰かとその驚きとワクワク感を分かち合いたかったけれども出来なかったのがなんだかとても残念でした。

つづく 

※時を戻そうVOL.010へ。PC・タブレットの方は【関連記事】の中に体験記010がない場合は【月別アーカイブ】の2020/5(17)の箇所をクリックして頂き、VOL.010をお選びください。携帯の方は下の「記事一覧」の中から010お選びください。 お手数をおかけして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。