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【人生ほど重いパンチはない】013:皆さんは「白旗の少女」ってご存知ですか?【後編】

以下は前回のブログ012:皆さんは「白旗の少女」ってご存知ですか?【前編】からの続きになります!

死を覚悟している富子に恐いものはなくなってきており、その穴の中に入っていってみることにしました。すると、その穴を通って下にさがると人が二人ほど暮らせるだけの広さのある空間に辿りつきました。ただし、光はほとんど届いていませんでした。そこには「体の不自由な老夫婦」が暮らしていたのでした。

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※今回のブログを書くにあたって、講談社青い鳥文庫「白旗の少女」(比嘉富子/著 依光 隆/絵)内容全般を参考にさせて頂きました。

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初めてこの本を読んだ時「富子と出会ったこの老夫婦の登場はとても衝撃的」でした。男性の方は、敵の爆弾攻撃を受けてしまったのか両腕が関節から先がなく、両足も膝から下の部分がなく、巻かれた包帯はに染まっていて、そこに「うじ」が湧いている状況であり、彼と一緒に暮らしていた女性は目がまったく見えていない「盲目の老婆」なのです。富子の記述によるとその穴倉の中には棚があってそこにある程度の食糧があり「夢のような空間」だと言っていますから、きっと怪我をする前にお爺さんが作っておいたのか?あるいは二人の息子が作ったものなのか?

「うじ」のせいで体がかゆいお爺さんは「富子」と出会う前は目の不自由なお婆さんに掻いてもらっていたのです。

本の中で富子がお婆さんと一緒に料理をするくだりがあるのですが、目の見えない老婆と賢く手助けをするこの二人のやり取りを読んでいると二人の会話がうす暗い洞穴の中で行われており、外では依然として敵の攻撃が続いている「戦場」なのだと思うと、「暮らし」という点では、貧しさの極限状態にある二人なのだけれども、血の繋がりのない「老婆と少女」が同じ空間と時間を例え「ひととき」だけでも、まるで本当のおばあちゃんと孫でもあるかのようにして過ごしていて、この二人の気持ちが通じ合えて温かい気持ちになっている瞬間(とき)があったことに何故か心打たれてしまうのです。外では依然・悲惨な戦闘が続いている世界であるのに、二人の間、いや三人の間の通っているピュア過ぎるほどの「心と心のぬくもり」。きっと当人同士もきっと長くは続きはしまいと何処かで感じていたに違いないほんの束の間の「やすらぎ」。私はこの「温かみ」についつい自然と涙が溢れ出てきてしまうのです。

富子さんも本の中でこの穴倉の中での生活の事を「戦場のなかでこころ安らぐ天国のようなところでした」と書いています!

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しかし、やはり、おじいさん、おばあさんとの3人の生活も終わりを告げる痛いほど悲しい日がやってきてしまうのです。

外から「戦争は終わった。沖縄の住民の方々は穴から出てきてください。これから穴に爆弾を投げ入れることになります。」というたどたどしい日本語が聞こえてきました。おじいさんとおばあさんは、思いを込めて必死に白い布を木の棒にくくりつけて「降参を意味」する白旗を作ってくれました。富子は幾度となく「一緒にガマから出よう」とお願いしたのですが、二人はここに残ると言って聞きませんでした。しかたなく富子は二人に涙ながらに感謝の言葉を伝えました。そして、一人で穴から出ていき、外に出るや高々とその白い旗を空へと突き掲げたのです。

そして、その「白い旗」をもって歩いている少女の姿を当時、その場にいたアメリカ人が写真に撮っていたのです。

それが、後年「白い旗の少女」として世界に紹介されることになるのです。

 

それからだいぶ時が流れました。成長し結婚した富子さんがその写真が掲載された写真集を見ることになるのです。最初、その「白い旗をもっている少女」が「自分」であるとことを申し出ることを拒んだ富子さんだったのですが、ご主人から「ここに写っている『白旗の少女』は自分であるという事を告げて、後世の人たちに『真実の物語』を伝えることが貴方の役目なのではないの?!」と背中を押されて発表することになり、そして、その真実の体験が綴られた「白旗の少女」という本が出版されることになるのです。

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戦禍の中を命からがら逃げまわり、それでも命を落としてしまった方々が辿った人生を慮(おもんぱか)ると、その人個人は何も悪いことをしていないのに「戦争」というものに命を奪われてしまうという事は「ただただ無念」であるとあるとしか言えないのではないでしょうか。

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話はちょっと変わりますが・・・。今日のお昼は馴染みの中華料理屋さんに一人、ランチを食べに行きました。テーブルにつき注文をして、目線を上にやるとテレビがあり、丁度ニュースが流れていて、今日もコロナ関連のニュースをやっていました。私自身、先週、知人の一人が9月半ばに「コロナ」で亡くなっていたという知らせを受けて、とてもショックで、本当にもはや他人事ではないなぁと感じていたりするのです。

するとその中華料理屋に60代の母親と40代くらいの娘さんの二人組が入ってきて、お店のおかみさんと久しぶりに会うらしく、女性同士の会話が始まりました。内容をかいつまんでお伝えすると「コロナでなかなか思い通りの生活が出来なくなっちゃって、もうストレスが凄いってみんな言っているわよ~~」ということなのです。「確かになぁ~」と私も心の中でこのお姉さま方の言葉に頷いていました。ですが、その時は「白旗の少女」のブログを書いあげたばかりだったので、私はこうも思いました。

「『富子』ちゃんとあの時代に生きていた日本人が直面していた戦争という悲惨な時代に生まれていないことに素直に感謝したい。食べるものもなく夜通し戦地を歩き続けた少女のことを思ったら、少しぐらいの苦労など、なんともない筈だ。だから我々はこの時代をしっかりと生き抜かなければならないんだ。」と。