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【英語/映画/旅行が好きな方向け】ロサンゼルス駐在生活体験記 087「Los Angeles」の「Los」って何? & 「Dodgers」はLA生まれではない?               

16.LAリターンズ⑫ 「Los Angeles」の「Los」って何? & 「Dodgers」はLA生まれではない?

この「ロサンゼルス駐在生活体験記」も今回で87回目になるのですが、今更ながらこの「ロサンゼルス」という地名ですが、どうして「Los Angeles・ロサンゼルス」なのか、私の大好きな町「Los Angeles・ロサンゼルス」、その地名の由来を書いておきたいと思います。 

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Engine AryurtによるPixabayからの画像

もともとこの地域「ロサンゼルス」にスペイン人がやってきます。入植して開拓を始めます。1781年にこの地に入植した人達はこの地域のことを「El Pueblo de Nuestra Sefiora la REina de los Angeles de Parciuncula」(我ら貴婦人、ポルツィウンコラの天使たちの女王の町)と呼び、そのように名付けます。さすがに普段からこの長さで使用していると長すぎるので、恐らくいつからから短く省略されて「天使たちの町」=「Los Angeles」となったようです。

つまり、この「Los」というのは、元はスペイン語で、英語の定冠詞「The」に相当するものと思ってください。だから英語で書くとすると「The Angeles」なのです。今、簡単にお話しした歴史的な流れの中でこの町はいつしか「Los Angeles」と呼ばれるようになったわけです。

よく日本人は「ロサンゼルス」のことを「ロス」と言いますよね。「ロスに行ってきた」あるいは「ロス疑惑」などと普通に「ロス」と省略して使っていますが、ロサンゼルスの現地でアメリカ人に「ロス」と言っても通じません。「ロス・LOS」という発音が「損失」を意味する「LOSS」と同じなこともありイメージ的にもよくないということもあり「ロス」とは言わないのです。

アメリカ人と話しをする際、では何んと略するのがいいのかと言えば「LA・エルエー」と言って下さい。映画やテレビドラマでも「ロサンゼルス警察」のことを「LAPD」と言っているのをよく耳にしませんか?PDは「POLICE DEPARTMENT」の略です。

さて、因みになのですが「ロサンゼルス・ドジャーズ」の「ドジャーズ」の語源についてですが、読者の方の中には私よりもずっと大リーグに詳しい方はいると思うので、その方々の前で「ドジャーズ」の語源の話しをするのは恥ずかしいのですが・。その語源の話しをする前に、ほんのちょっと寄り道です。

「ドジャーズ」と言えば、日本人としてどうしても忘れられないのが「野茂英雄投手」の活躍です。私はエルエー滞在中に2度ほどドジャーズスタジアムで彼が投げる試合を見ることが出来ました。最初に見にいった時は彼が「7勝目」をあげた日の試合でした。試合が楽しめたことは言うまでもありませんが、この日訪れたスタジアムの自分の席の回りが、日系人ばかりで、しかも自分がよく行く飲食店のウエイトレスさんが彼氏さんと来ていたり、仕事でよく顔を合わせる日系人の知り合いが偶然来ていたりして、なんだか知らず知らずのうちに顔見知りの一団が集まってきており、それ故に自然と一体感を生まれて、その晩はドジャーズ・野茂選手をみんなで応援するようなことになっておりました。誰が計画した訳でもないのに、あんな広いドジャースタジアムで顔見知りの集団が偶然に出来てしまうなんて、そんなことってあるんですねぇ~。

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David MarkによるPixabayからの画像

さてさて「ドジャーズ・Dogers」ですが、何んと私もこの語源を知って驚いたのですが「ロサンゼルス・ドジャーズ」ってカリフォルニア生まれの球団じゃなかったんですねぇ。もともとは東海岸のニューヨーク・ブルックリンで誕生した球団なのだそうです。「dodger」とは「素早く身をかわす人」という意味の単語で、ブルックリンには路面電車があって、球団が創立された当時、その路面電車で事故に遭ってしまい命を落す人が続出していたのだそうです。ですので、その路面電車から「うまく身をかわす」ことは大切だと言われていた時があり、それに由来して球団名が「ブルックリン・ドジャーズ」に決まりました。球団の設立自体はなんと1884年でなので19世紀だったんですねぇ。そして半世紀以上が経った1958年にその本拠地が今のロサンゼルスへと移ります。このことって、今のLAの人たちって皆知っていることなのかなぁ?1958年からロサンゼルスに本拠地があるという事は既に62年間はLAにあるわけなので、もはや「ドジャーズ」はロサンゼルスに溶け込んでいる地元の球団ということでよろしいんじゃないでしょうか?

さてさてさて、個人的な食の趣味の話しになって恐縮なのですが、私は吉野家の牛丼が大好きなのです。ロサンゼルスで生活し始めて、お風呂の大きな湯舟に浸かりたいという思い以外では全くホームシックにならずに済んだのはロサンゼルスに何軒もあった「吉野家・YOSHINOYA」さんのおかげと言っても過言ではありません。

1995年は野茂選手がピッチャーマウンドでトルネード投法を繰り広げていた時、球場内で食のトルネードを起こしていたお店があったのですがご存じですか???そう、「YOSHINOYA」なのです。1995年6月2日に球場内にオープンとなりお店は連日大賑わいだったようです。私はこの一か月後に日本に帰任することが決まっていたので、スタジアムに行って「YOSHINOYA」の牛丼を食べることは出来ませんでしたが、日系人が読むタブロイド紙で、このドジャースタジアムでの開店が大きな記事として書かれていたのをよ~く覚えています。「YOSHINOYA」の当時の次なる大きな目標は、何とかして「東海岸地区」で「吉野家・YOSHINOYA」を展開させるということでした。前にも言いましたが「夢」や「計画」の実現には「時間がかかる」のです。ですが、吉野家さんはやってくれました。2001年にヨシノヤ・ニューヨーク・インクを設立、そして翌年の2002年に念願の「ニューヨーク第一号店」のオープンということになり、ニューヨーカーたちが呼び名は「ビーフボール」ではありますが「吉野家の牛丼」を食べるという時代に突入したのであります。

つづく